あやめ池学園南 九条の会 - 奈良から憲法九条を守ろう


このサイトは
リンクフリーです。
下のバナーを
お使いください。


リンクされれば、
御一報ください。


メールは こちら



ミラーサイトは


ただし、運用は
pm7−pm11 です

2017. 06. 24.
19. 38. 39.



アクセス
total 001431
today 083 yesterday 045


世界にはこんなすてきな国があるのですね


ブータン王国に学ぶ リーダーシップの形


西水美恵子氏(前世界銀行副総裁)


  • はじめに

    西水美恵子

    ご紹介頂きました西水でございます。私は海外に長く滞在しているものですから、日本語については浦島 太郎のようになっています。言葉に間違いがあると思いますので、前もって、ごめんなさいと申し上げてお きます。
    世界銀行は、ご存じのように、銀行の使命が貧困解消ですから、声なき貧しい人々のためになる政策をい ろいろな発展途上国の指導者層にとってもらう。それを促すのが世銀の職員の仕事です。ですから、喧嘩が 商売のようなものです。二十三年間おりましたけれども、私のように喧嘩好きな者には、本当にあっという 間にたった二十三年間でした。
    ただ、いろいろな国を担当しましたが、一国だけ、喧嘩したくてもできなかった国があります。それが今 日お話ししますブータン王国です。
    ブータンという国、特に指導者層からは、喧嘩どころか、こちらがいろいろなことを教えてもらい、ブー タンと出会って本当によかったと思っているのです。
    今日は、ブータンで会った指導者層の人々のロールモデルである、ブータン国王から学んだリーダーシップ の理想像について、少しかいつまんでお話ししたいと思います。

  • ブータンの国土と人々の暮らし

    皆さんご存じだと思うのですが、念のためにブータンについて少々説明させて頂きます。ヒマラヤ密教を 国教とする仏教国で、人口は六十七万人ですから、人口から見れば小さな国です。地図上の平面の面積は、 九州とほとんど同じです。

    ただ、実際にブータンに行きますと、北は中国、チベット、南はインドにはさまれている国で、南のインド 国境は熱帯ジャングルで、海抜二〇〇メートルくらい、北はヒマラヤ山脈で、七千メートル級の山々です。
    その南北の直線距離はいちばん長いところでた1つたの二〇〇キロ。ですから非常に険しい山国で、ヒマラヤの 氷河の融け水やモンスーンの雨を受けた激流が、とうとうと流れる国です。
    そういう川々が年月をかけて彫り上げた山と谷が、非常に複雑に組み合っています。

    初めて国王陛下から謁見を賜った時に、陛下が「ブータンは小さい国だけれども」と言われたので、私は 「陛下、それは違いますよ。ブータンの立体地図にアイロンをかけてごらんなさいませ。そうすれば、たぶん インドくらいの面積になるのではないでしょうか」と申し上げたことがあります。
    国民平均所得という物的な経済指標から見ますと、決して豊かな国ではありません。今のところ、国民一 人当たりの年間平均所得は十万円を切っていますから、そういう測り方では貧しい国に入ります。
    三〜四十年前は、車道などない、電気も水道もない、自給自足の物々交換が殆どの中世経済的な国でした。 ブータンに行かれた方は、もうご存じと思いますが、今日では近代国家の形をなしているわけで、エコノミ ストとしてブータンを見た場合、驚異的な高度成長を短い期間で遂げた国と言えるのです。

    その驚異的な近代化をリードした人が、現国王、ジグメ・シンゲ・ワンチユク王です。即位なさったのは、 一九七二年だったと思います。先代が急に心臓の病気で亡くなられ、十六歳で即位なさいました。もちろん 大学教育は受けられなかったのです。それどころか、小学校の頃、イギリスの寄宿舎制パブリックスクール に送られたのですが、数年でもう来なくてもよいと言われた「問題児」だったそうです。大喪の礼の折、初 めて日本を公式訪問された時のテレビの映像で、凛としたお姿を思い出される方が多いでしょうが、実物は、 なんて言ったらいいのでしょう…まるで、「暴れん坊将軍」の新さんにそっくりな方です。(笑)
    それが皆様にお伝えしたいブータン国王のイメージです。

  • ブータンの王制

    次にブータンの王制のことを少しお話しします。ブータンの王制の歴史は浅く、来年で百年になります。
    一九〇七年に当時のブータンの指導者層が集まって、意図して世襲の国王制を国家の政治制度として選択し たという史実があります。

    その背景は二つあります。一つは十七世紀、日本の江戸初期頃から、一九〇七年(明治四十年)まで、ブー タン.は一つの国としてまとまってはいましたが、いわば戦国時代のような時期でした。その理由は、チベッ トと同じように宗教政治で活仏が国を治めていましたから、お世継ぎ騒動などで、政治的に非常に不安定な 状態が続いたこと。それかちもう一つの背景は、十九世紀の終わりから二十世紀の初めにかける世界のジオ ポリティックス。大英帝国とロシア帝国が地球の面積を取り合う「大ゲーム」を盛んに行っていた頃で、ブ ータンはその真っ只中にいたわけです。
    大英帝国の支配がインドの南から北のほうにだんだんと競り上がってきた時代で、ブータンも一度、イギ リスと戦争をしています。北方では、ロシア帝国がシベリアとチベットのほうに進出してきている状況でし た。すでに、中国がチベットにいろいろな形で政治介入を始めた時代でもあります。そういうジオポリティ ックスを見極めて、ブータンが独立国として生き残るためにはどういう政治形態をとったらいいのかという 指導者会議があって、世襲王制を選んだわけです。
    一応選挙の形をとって国王第一世を選んだわけですが、戦国時代的な背景から頭角を現した豪族の一人、 ワンチエク家の当主が、国王第一世に選ばれたわけです。第一世に関しては、歴史文書にもあまり残ってい ないのですが、私が勉強した限りでは、徳川家康にそっくりな人だったと感じます。
    そういう背景から王制ができました。それ以来のブータンの政治の歴史は、絶対王制からゆっくり時間を かけて民主主義へと変わっていきました。その学習の道が百年間と考えるのが、最適だと思います。

    民主主義への変化は、三代目である、現国王の父君の時代に加速化しました。第三世はまず国会を設置し ました。政党制総選挙をペースにした議員の集まりではなかったのですが、まず立法機関を立ち上げたので す。それから、世界史に類を見ない農地改革を実施しました。国王が先導して、反対をされながらも断行し たのです。同時に農奴解放も完全にやってのけました。さらに、農民に過酷なほど重かった税制も改革し ました。その驚くべき指導者が三世だったわけです。
    そういうような、歴史的に見て世にも不思議なことが起きたのが、第三世の時代でした。 現国王(公式には雷龍王四世)が、その父君の遺志を引き継いで民主主義 への学習の道をひたすら歩み、今や完成の時に至っているのが一九〇七年以来のブータンの政治史です。

  • 国王のリーダーシップと民主化

    この民主化のプロセス、特に現国王の仕事の仕方に、私はリーダーシップの理想像を見ます。また、ブータ ンの人たちも同様に彼らのロールモデルを国王に見るわけです。その話をさせて頂きます。

    国王陛下にはいろいろな形で、世銀時代もそれ以後もお会いしていますが、初めて謁見を賜った時の思い 出は非常に深いものがあります。謁見を終わって外に出たとたん、私は老子の『道徳経』を思い浮かべまし た。もう高校時代からまるっきり読んでいなかった中国の文献です。老子は指導者が取るべき形を、這徳経』 でいろいろな形で伝えています。その指導者打理想像を思い出しました。
    政策などを施行した時に、それを民に意識させないくらいの自然な統治形態が、リーダーシップの最も望 ましい形だというようなことが、『道徳経』にあったと思います。現国王はまさにその道を地でいくリーダー だと感じたのです。
    初めて謁見を賜った時と申し上げましたが、私はその頃、副総裁になりたてで、世界銀行の非常に官僚的 な文化を改革しょうと意気込んでいました。これは職員一人一人の意識改革から始秒なければいけないこと です。その仕事を始めて半年くらいして、ブータンを初訪問したのです。国王陛下がブータンの政治改革で なされていることと、自分が世銀で始めた仕事との内容が、組織と国という違いはあっても、よく似ていた ところがあったため、その話になりました。その頃、いろいろな悩み事を抱えておりまし.たから、結果的に リーダlとしての自分の迷いや寂しさなどを慰めて頂けた謁見でした?世界銀行の職員の意識を変えて組織 が持つ三の文化を変えようとした時、自分が副総裁を辞めても、何かそのまま動的に成長していくものを 残したい思いがありました。
    自分が辞めたらもう駄目になるという改革はしたくありませんでした。そういう気持ちで謁見に臨み、 老子の『道徳経』のことを思い出したのです。その時、国王に見たリーダーシップの形を、もう少し 突っ込んでお話ししたいと思います。

    国王がいろいろな言葉でおっしゃることは、権力にこだわるなということです。指導者として成功したい のならば、自ら進んで権力を放棄せよ。指導者の成功とは、自分がリーダーとして必要なくなる時である。 それを目指して、権力には絶対にこだわるなといつもおっしゃる方です。
    その考え方は、国王の主導のもとに今まで四十年近くなされてきた、民主化のプロセスを見るとよくわか ります。歴史的に見て、民主主義はたいてい民が悪い権力者から奪い取るものです。そのプロセスで戦争や 動乱があったり、または戦争に負けてどこかの国から民主主義を頂いたり、というのが世界史の常です。ブ ータンの場合はまったく逆さまなのです。絶対権力を持つ国王が、「王制は国のためにならない、国づくりは 民がするべきだ」と、国民を説得し続ける。自分の改革に対する姿勢を示して実行し、学習し続けるのが、 現国王のリーダーシップの形だと思います。
    どういうことをなされたかというと、即位なされてすぐに、中央集権型の制度をやめられた。そして県、 さらに市町村と、選挙制度を基にした地方自治体をつくられたわけです。それから制度を叩き上げて、それ が滑らかに動き始めるまでの経験学習を数十年間なさいました。国会も、政党はなくても総選挙による議員 の集まりに改革して、ここでもいろいろな制度がありますから、その制度を叩き上げるのに数十年間の経験 学習を意図してなさったのです。
    経験を通して、民主主義の立法府の形、習慣などができあがった頃、国王は、国会が決議した法案に対し て王が持つ絶対拒否権を自ら進んで放棄されました。 国会の議決を最高議決とする議案を国王が提出され、喧々囂囂となったそうです。また、議会が国王を弾劾 できるという法律も国会に提議され、それも二年をかけた議論となったそうです。

    それはほんの数年前のことです。ブータンは今でも大臣は選挙で選ばれた政治家ではなくお役人ですが、 国王が首相の役割も果たしていたのを、その首相の役割も放棄なさいました。大臣五人が毎年交代で首相を 兼任する制度にしたのです。例えば、今年は農林大臣が、農林大臣の仕事をしながら首相を務める。来年は、 大蔵大臣が首相を務める。そういう制度に変えたのが七年前だったと思います。
    そのように、いろいろな形での民主化の制度改革を、自ら進んで三十年以上かけておやりになって、その道 が成熟してきた頃に、学習してきたことを成文患法にしようとされた。全国各県から代表者を選んでもらっ て委員会をつくられ、成文憲法の草案づくりを依頼されたのが三年前だったと思います。国王自身はその委 員会にパラメータを提供して、はかは自由に思う存分やってくれと言われたわけです。そのパラメータは、 立憲君主制の基に、二政党制の議会制民主主義にすることでした。「国民のために書け。国王のために書いて はいけない」。それが命令でした。

  • 国王と民の対話

    憲法草案ができてから、各県各村の国民の批評会が行われました。全国民に成文憲法の草稿を配り、説明 会などを開いたあと、国王と皇太子がおでかけになって国民と会議をされました。いろいろな意見を聞く仕 事をなさってこられて、それがやっと終わりました。予定として、二〇〇八年に、成文憲法が国民投票にか かるところまできています。今は総選挙を控えていろいろな制度の準備にかかっているところです。

    憲法の草稿の中に、国王が自ら筆をとって書かれた一章があります。ブータン国王の定年制です。国王は、 六十五歳で定年とすると書かれたのです。これには、無責任であると国民が怒りました。国王たるや死ぬま でやる仕事なのだからという議論が国中で起こりました。そして、去年の十二月、国王は、議論の結果を待 たず「二〇〇八年、憲法が成立した時点で、自分は王位を退く」と発表なさい.ました。まだまだ定年には遠 いお歳ですが、皇太子が雷龍王五世として、国の若返りのために新しい政治制度を引っ張っていってもらい たいお気持ちを、国民に伝えられたのです。
    この一貫したプロセスの中でも、特にここ七〜八年はそういう様々な政治改革の内容などを、直に聞いた り、見たりする機会が多くありました。国民の反応を間近に見て感じたのですが、自ら意図して権力を放棄 する指導者は、真の力を民から授かると確信しました。 これが、ブータン国王に代表されるブータンの指導者層から習った指導者の形。私が最も重要視するリーダ ーシップの理想像の一つの形です。

    二つ目の形は、これも国民と国王ないし大臣たちとの対話を聞きながら学んだことですが、民の声をとに かく深く聞く耳を持つことです。どういうことを指しているのかと言い.ますと、人間ですから先入観があり、 その先入観を抑える努力を常に怠らないこと。言葉を深く開くのみではなく、言葉にならない気持ちを汲む 努力をすることです。
    謁見を賜るたびにいつも思うのですけれども、ブータン国王とのコミュニケーションは、言葉で一〇パー セント、心で九〇パーセントだと思います。人の言葉と心を聞くという耳をお持ちなのです。その背景には、 超人的な謙虚さがあり、人間同士腹を割って平等に話し合うという御姿勢が窺われました。
    特にいつも意図しておられることがあります。権力者の周りにはイエスマン、イエスウーマンが集まりが ちですが、そのリスクを愚知され、意図して避けておられるのがわかるのです。率直な反対意見を始終求め られ、批判を喜ばれます。イエスマンが生存しにくい雰囲気をいつも一生懸命つくっておられるのです。
    そのことを初めて見た時に、国王陛下に「普通の権力者にはできないことをなさっておられますね」と申 し上げたら、陛下は、自分は普通の人間だと言われるのです。普通の人間なのに国王の第こすとして生まれ ただけで、国家を司る職につかなくてはならなかった。 これは非常に恐ろしいことだ。だから、努力をしなくてはいけないと肝に銘じているだけと、おっしゃいま した。
    普通の人間だから簡単にはできない、ということをおっしゃったわけです。自分にも先入観がある。人に ほめられることは嬉しい。謙虚さを常に持つことは非常に難しいことで、努力が必要なことであると。
    実際、国王と国民の対話の場には、いろいろな村のおじいさん、おばあさん、それから憲法の批評会議で は小中学校の児童・生徒の代表や、高等学校の学生の代表も参加したのですが、国王の前で一章ずつ、一条 ずつ吟味しながら正々堂々と反対なり批判なりをするのです。
    そういう姿を見ていて、この国には権力者が恐れるべき.ことは起こりにくいという印象を持ちました。つ まり、国民が指導者に盲従すること。これは、悪い王なら悪い王で、恐ろしいから盲従するし、尊敬された 王は尊敬された王で、王様を尊敬しているから、王様の言っていることは正しいだろうと盲従する。そうい う心配が少ない国だと感じました。それを「政治的な指導者としての国王と国民との信頼関係の資質が高 い」という言葉で、国王陛下に申し上げたこともありました。

    定年制度の議論の時はすごかった。喧々囂々の反対があり、国王陛下がそんなことを言うのは無責任だ、 と小学校の児童が言うわけです。その時に国王陛下はどう国民を納得させたかといいますと、自分の身にな って考えてくれとおっしゃいました。十六歳の時に父をなくして、自分は悲しみのどん底にあったが、その 時に新しい王の即位という、国にとっては喜ばしいことも経験しなければならなかった。涙を飲んでの即位 のお祭りごとは、誰にもさせたくないとおっしゃったのです。それをわかってくれと批評会議でおっしゃい ました。そのことがブータンの新聞に堂々と発表されて、やっと国民が納得したのだと思います。それが国 王とブータン国民の会話の形です。

  • 国民総幸福量と精神的な和

    そのブータンの草の根を歩いて、そういう会話を開きながら感じることですが、国王をはじめブータンの 指導者は、ビジョンと価値観を非常に明確に持っています。ただ持つだけではなく、そのビジョンと価値観 を、動的に国民にいつも伝えるように努力をしています。また、そのビジョンと価値観は、自分たちが指導 者として頭で考えたことを上から下に示唆するのではなくて、国中を歩きまわって、国民との会話から民が 持つ英知を聞き取る。それにリーダーシップの付加価値を足して、次元を高めながら、また国民と会話を乾 ける。その勤的な仕事が常時なされているのです。

    これは会社のリーダーでも、国のリーダーでも、非常に大事なことだと私は思います。そうしてできたそ のビジョン、価値観で最近広く知られてきたことは、国民総幸福量という、ブータンの公共哲学的な考え方 に代表されると思うのです。少し、その国民総幸福量とは何か、ブータン国王をはじめとした指導者が三十 何年間も国中を歩き続けて、民の意を汲んで編み出した公共哲学とは何か、というお話をさせて頂きたいと 思います。
    哲学としては、非常に簡単なのです。つまり、人間が最も望むことは幸せである。それ以外にはない。そ の幸せの定義は個人個人で違う。けれども、その幸せを追求していくことが、人間が望むことだというもの です。それから、幸せは物質のみでは得ることができない。国民の幸せを考える時に必要なものは、最低限 の物の豊かさは必要であるけれども、それプラス、国民個人の精神的な和が大切である。民を取り巻く家族 の和、地域社会の和、それから、人間と大自然との和、そして、国民一人一人が自覚して、アイデンティティ として共有できる歴史、文明、文化が大事であるとい うものです。

    世界中の国のほとんどは、国家の目的、政策の目的を経済成長で豊かになること碇置いていますが、ブー タンは、それは目的ではないとはっきり断言しています。経済成長は目的ならず、経済成長は国民が幸せを 追求するための手段のひとつである。手段と目的を取り違えてはいけない。大きな間違いの元になる。成長 の速度ではなくて、いろいろな形の人の和を大切にする経済成長の質を、いつも考えなくてはいけない。
    そういう基本的で、聞けば非常に常識的な哲学から始まって、だんだん具体化していきます。まず、政治 とは何か。政治は国民の幸福追求を可能にすることにつきる。社会政策でも、教育政策、経済政策でも、国 がとる政策の目的は、一人一人の国民が、幸福を追求する時に現れうる、公の性質を持つ障害を取り除くこ とである。それこそが政策の役割である。行政、司法などの責任を持つ人々のいちばん重要な姿勢は、民の 視点から司ること。上下関係の上から国を司ってはいけないということです。

    哲学としての締めくくりは、不安定な国は、歴史的に見ていつも何らかの形で国民が不幸で、不満な国だ ということ。国民が幸せか、今幸せでなくても、幸せを追求できるという満足に浸っている国は、安定した 国である。だから、ブータンの国家安全保障の源は、国民の幸せにつきる。だから、これは真剣勝負で、単 なる哲学ではないということになります。長い目で見れば、国が滅びうることなのだから、まじめにやらな ければいけないという覚悟が出てくるわけです。

  • 環境保護政策と行政の形

    もう少し具体的に説明しますと、そういう国民総幸福量的な哲学から国を治めた場合、何が違ってくるの かという質問をよく受けますが、一つは、政策で何を優先するかが違ってきます。ブータンの場合いろいろ ありますけれども、いちばん有名なのは、環境保護政策がもう四十年程前から世界的なレベルにあるこ七で す。誰の助けも受けないで、自分たちの力でつくり上げて、実践してきたのです。

    例えば、物々交換から近代経済へ移り変わる時に、外貨が非常に不足しているわけです。のどから手が出 るほど外貨が欲しいのです。いちばん近道だったのは、国に豊富にある、特に高価な熱帯のチーク材などの木 材を輸出すれば、外貨が入ってくるわけです。けれども、それは国王と官僚が侃侃諤諤と話し合いをしたあ とで、輸出禁止となった。
    それプラス、国民が家を建てる時や燃料に、木を切らなくてはいけないわけですから、そういう時の森林 伐採の管理をしっかりしなければいけない。また、その頃、ブータンの全国土に占める森の割合が四割くら いだったのを、国の目標として六割五分にすると決めました。今はもう増えすぎて、七割以上になっていま す。そういう環境保護政策を、世界銀行やアジア銀行などが、まだそういうことを考えない時から、すでに 実行していました。だから、何を優先するかというプライオリティが違ってくるということが一つです。

    それから、もう一つは行政の形ですが、行政とは民の視点からなすべきだということです。そうしなけれ ば国が滅びるという考え方からすると、縦割り行政はできないわけです。国民の生活は、大蔵省の生活と農 林省の生活に分けられませんから、すべて横割りになるわけです。ブータンでも、役人の縦割りや、わが省の損得という考えは、気をつけていないと出てくるも のですから、大臣、内閣のチームワークが重要です。 とにかく国王がそれを叩き込んだのです。トップがチームワー久をしっかりしないと、役人はついてこない。 横割りの行政を常に努力して実践してきました。

    ですから、例えば森林保護政策は農林省だけのお役目じゃないわけです。環境省の役目だけでもないわけ です。道路建設などにもかかってきますから建設省や大蔵省、国民の教育の観点から文部省も関わります。 木を燃やすと森林伐採につながるので、電力開発も必要です。配電を早くしなければいけないということで、 電力会社などもチームに加わっています。メップから下まで横割りで物事を進めようとするその姿勢が常に ある国だということが、二つ目の具体的な例です。

  • 地方自治体の育成と教育政策

    三つ目は、地方自治体の育成に本当に真剣に取り組んでいることです。上から下ではなくて、必ず下から 上へ。それが政治、行政の正しい形だということを叩き込む国です。中央集権型をひっくり返して三十数年 間ですから、そろそろ定着して来たのかなと思う時期に入っています。

    何が違うのかということの四番目。これは行政、政策の内容ですが、同じ政策でも目の付け所が違います。
    例えば、教育政策です。ブータンの教育制度の要は、教師の育成です。教育とは何かということに対しての 考え方は、知識を与えるものではない。教師が、生徒の人間ともてのロールモデルとなるべきである。教師 とは人格者でなければいけない。教師はブータンの将来をなす人間をつくるモデルなのだから、人格者を育 てて、そういう人たちに教鳳に立ってもらうという考え方から始まるわけです。
    数学の教師が教えるマニュアルのようなものがあるのですが、その第一ページにこう書いてあります。「君 は数学を教えるために教壇に立つのではない。ブータンの将来を担う人間をつくるために教壇に立つのだ。 それを忘れるな」と。

    教育のことでもう一つ、目の付け所が違うところがあります。ブータンの教育用語が英語であることです。 近代教育を受けたブータン人は英語がぺらぺらです。 なぜその選択を三十数年前にしたかというと、ブータンは人口は少なくても多民族の国だからです。主な言 語を数えただけでも二十から二十五くらいの違った言葉がある国です。注意をしないと、言語の違いが国を ばらばらにしてしまう要素にもなるわけです。
    未来をつくる子どもたちを、同じ教室で同じ言葉で勉強させる時に、誰の言葉を使ったらいいのか。その 政治決断を現国王がなされた時に、それは英語でなければいけないとされたのです。ブータンで使われてい る言葉以外の言葉でなければ、理想的にならない。また、国際的な感覚を身につけるにも、英語がいい。国 語、それから小民族の言葉もちゃんと学校で教えますが、教育用語は英語です。それがもう何十年間もなさ れてきました。余談ですが、国際会議に出ると羨ましいのです。ブータンの発言力は、とても大きいものが あるからです。英語が上手だということが、国家にとって大きなプラスになっています。

    もう一つ、行政政策の内容で違ったところは、思いやりがある政策、行政と言ったらいいかと思います。 日本と比較すると、例えばハンセン病のことです。日本のハンセン病患者に対する政府の対応は、非常に恥 ずかしく、悲しい歴史だった。その悲しい歴史は、いまだにいろいろな形で国民を苦しめています。ブータ ンの場合は、ハンセン病は最近まであったわけで、その対応の仕方は見事で、立派でした。
    まず、隔離はいけないとされました。幸せを追求する時に、家族の和、地域社会の和が大切だから、その 和を使って、患者が普通の生活をしながら治療を受ける状態をまず作らなければいけない。その決断から始 まりました。患者がいる村なら、どんなに不便なところでも出かけていって、ハンセン病とはこういうもの だという説明をする。そして、その村の理解を得て、患者さんが普通の生活をしながら治療を受けられる状 態を作って、薬を届ける。そういう対策をしてハンセン病を消滅させた国です。

    わずかな例ですが、いろいろな面で他の国とは違っています。ふと見ただけでは見えないのですけれども、 少し掘り下げていくと、とにかく姿勢が違う。目の付け所が違う。内容が違うことに気がつきます。その源 は何なのかを考えると、国民総幸福量という考え方が、根本的に浸透しているということに気づきます。

  • 価値観の浸透と根本的な解決

    こういうことをしないと国が滅びるという思考を、役人なり、国を司る人たちが、自分の考えとして消化 しているのです。ですから真剣勝負です。何事も、問題が起きた時に表面的な解決ですませようせしない国 なのです。根本的な解決をしようとします。ごまかせないからごまかさないのだと、ブータン人はよく言い ます。当たり前のことですが、それをしっかりやる国です。例えば今の日本では、私はあまりよく知らなかったのですが、地方でお医者さんが不足している状態があるらしい。それに対する政府の対策を、興味があ って調べたのですけれども、私に言わせればみんな癌に絆創膏というようなことをやっていらっしゃる。

    ブータンでは何をやるかというと、結局価値観から浸透させますから、教師や医者は、まず辺鄙なところ にいきたいと考える。だから、どんな離れた寒村でも診療所があり、最低でも小学校があり、ちゃんと教師 が教え、医師が治療を行っています。それ相応の手当はつきます。でも、厳しい状態での仕事です。そうい う人たちに、本当にここに来たくてやったのか半信半疑でインタビューなどをしたこともありましたが、い つも涙が出るようなよいお話になります。

    そのように、国民一人一人の価値観が、相当変わってきています。これをやらなければ、国がいつか滅び るかもしれない。それに、中国とインドという世界第一、第二の人口を持つ国にはさまれた、小さな国の危 機感が常にあります。それが、ある意味では、プラスになっているのではないかと思います。本当に真剣勝 負をする国で、ごまかせないからごまかさないのだという姿勢のようです。

    どこに行って何を見ても、この国はとにかく頭とハートと行動がつながっている国だと感じます。指導者 だけではなくて、誰を見てもそういう国です。矛盾がないし、信用できる。間違ったことがあっても、自分 たちの力で領とハートと行動をつなげて、自分たちの糧にして学習をしていくという姿勢のある国民であ り、指導者たちであると思います。その痛点に立っている理想像が、国王陛下なのです。

  • 外から見たブータンの姿勢

    最後に、ブータンの外から見たブータンの姿勢についてお話しします。特に、国王を含むブータンの指導 者層が、インドや中国に国境問題の交渉などで訪問する時、いつも思うことがあります。インドはもう長い こと、最近は中国でさえ、ブータンと接する時には、大国として接していると感じます。これは外交の形、 取り方、歓迎様式でわかります。中国はもちろんですけれども、インドでさえ、日本の首相が考えもつかな いような接待の仕方を、ブータン総理大臣なり、教育大臣なりが受けているわけです。

    私は、中国はあまり仕事をしたことがないのでよく知らないのですが、インドの場合は、国王のカウンタ ーパートという人たちも知っていますから、どうしてこういう接待の仕方をするのかと聞く機会がありまし た。こういう指導者が大勢いる国はあまり見当たらない、とにかく尊敬をしているからだ、と言うのです。 ブータンを小国とは思っていないと、インドのシン首相もはっきりしていました。

    ブータンはこれからもいろいろな形で変わっていくし、人間の国ですから完璧な国ではありませんし、間 違いも起こしていくとは思います。しかし、こういう指導者層が多くいて、そういう指導者層を理想像とし て見ながら育っていく子どもたちが将来をつくっている国ならば、国の大小は国民総生産や人口などで決ま らないという現実を維持していける国です。日本人として、いつも羨ましいと思う国です。

    最後に、去年、ブータンは久しぶりに国勢調査をしたのですが、その国勢討査の中に、「あなたは今幸せで すか」という質問があったのです。国民の九七パーセントが「幸せです」と答えたそうです。羨ましいこと です。今日はこの辺で、終わらせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。

     にしみず みえこ

    (経済産業研究所コンサルティング・フェロー・前世界銀行副総裁・米ジョンズ・ボブキンズ大・経博・昭50)
    (本稿は平成18年10月10日夕食会における講演の要旨であります)





新着情報

二度と戦争を起こさないために


戦争法案 わかりやすい映像をまとめました


大森政輔参考人 参議院 意見陳述 2015年9月8日 大森政輔 元内閣法局長官
伊藤真参考人 参議院 意見陳述 2015年9月8日 伊藤真 弁護士
あかりちゃんVSヒゲの隊長 【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
衆議院憲法審査会で三参考人違憲 長谷部恭男、小林節、笹田栄治参考人
砂川事件判決とは?
(安倍総理ウソばっかりつかないで)
奥平康弘×木村草太×春名幹男

2015年9月12日更新 あやめ池学園南九条の会


元内閣法制局長官 「明白な違憲」と陳述


大森政輔さん(元内閣法制局長官) 9月8日参考人として意見陳述 参議院『平和安全特別委員会』



わたくしは、先般、行われました閣議決定の問題点を指摘することを通じて、その閣議決定が映しこまれた法案についての意見とさしていただきたいと思います。
しかも、時間の関係もございますので、今回は、集団的自衛権の行使は憲法9条の下で許容されるのかという問題と、他国の武力の行使との一体化に関する見解の、閣議決定による見解の変更は相当であるのかという2点に絞って意見を述べたいと思います。
まず、集団的自衛権の行使は憲法9条の下で許容されるのかという問題につき、申し上げたいと思いますが、日本国憲法が制定されまして、今日までの変遷を少したどってみたいと思いますが、 昭和20年代の全般、この時は、自衛権がそもそもあるのか、ないのかという議論で終始いたしました。ところが昭和25年、朝鮮動乱が起こりまして、日本の治安を事実上、 担保しておりましたアメリカ軍が、朝鮮半島に出兵いたしまして、日本国内は、治安の真空状態が生じたと。そこで警察予備隊が組織され、それが保安隊に組織改変されまして、 昭和29年7月の1日、自衛隊が創設されました。そこで当時、当時の内閣は、それまでの憲法9条の解釈を整理いたしまして、次のような内容にまとめたわけでございます。

これは当時の法制局の説明によりますと、決して、憲法解釈の内容を変えたんではないんだと、いろいろ行われてきた解釈を整理したんだということになっております。
これをどう評価するか、これはまた別の機会の問題でございまして、この昭和29年7月の1日、自衛隊の創設に際して整理された旧憲法9条の概要を申し上げますと、

第一点は、憲法9条1項は国際紛争を解決する手段としての戦争、武力による威嚇、又は武力の行使を禁じているが、独立国家に固有の自衛権までも否定する趣旨のものとは解されないと。

第二点は、同条2項は戦力の保持を禁止しているが、自衛隊の行使を、自衛権の行使を裏づける、自衛のための最小限度の実力を保持することまでも禁止する趣旨ではなく、 この限度を超える実力を保持することを禁ずるものであると。

そして第三点といたしまして、自衛隊は我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つための不可欠の機関であって、右の限度内の実力機関であるから違憲ではないと、 この三点に整理して、それ以来、憲法学の研究者の中には、自衛隊自体の違憲性に関する議論も交わされてはいましたけれども、政府におきましては、上記、整理された見解を今日まで堅持し、 その保有は認容できるが、その行使、集団的自衛権の行使については、政府を含めて否定すべきものである、政府を含めて否定すべきものであることがその都度、確認され、 今日まで一貫して堅持されてきたわけでございます。

それを承知をした言辞が、たとえばこの事項は集団的自衛権の行使にあたるから、憲法9条に抵触し認められないのではないかと。
このように、あたかも集団的自衛権の行使が、憲法9条に違反する典型行為であるが、あることを前提とするようなかたちで議論がなされてきたわけでございます。
したがいまして、本件閣議決定による集団的自衛権の行使認容は、超えることはできない憲法則ともいうべき基本原則からの重大な逸脱であると言わなければなりません

次に、この先般の閣議決定におきましては、論理的整合性、論理的帰結、基本的な論理の枠内、合理的な当てはめの結果などという、それを個々に考えてみますと、 意味不分明な概念を設定し、集団的自衛権の行使認容を、その合理的な当てはめの結果として、憲法9条が認める自衛のための措置にあたるものだと主張してるわけでございます。
これはたぶん、個別的自衛権と集団的自衛権を同質のものとして、同次元の存在における必要性の区分に留まるとして、憲法9条の下で集団的自衛権の行使を容認する伏線にしてるんではなかろうかと、推測するものでございます。
しかしながら、個別的自衛権と集団的自衛権は決して同質のものではなく、本質的な差異があるんだということを申し上げたいと思います

個別的自衛権の行使、すなわち、外国の武力攻撃によって我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が損なわれる場合には、これを排除し、我が国の存立を全うし、 国民を守るために、他に適当な手段がない時に必要最小限度で武力の行使を行うということは、独立主権国家ならば、固有かつ先天的に有する自己保全のための自然的権能に基づくものであると解されまして、 憲法9条の下でも、当然に許されるものであると考えるわけでございます。

他方、集団的自衛権の行使、すなわち、我が国が武力攻撃を受けなくとも、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生をした、発生した場合において、それを阻止するため、 当該他国の要請を受けて、武力攻撃を行う第三国に対して、我が国が武力行使を行うことができうるとされる国際上の権利につきましては、 武力攻撃を受けた他国との密接な関係と申しますのは、同盟条約などを根拠とするものでございまして、上記のような個別的自衛権とは異なり、 その権利の根拠、あるいはその内容というものは、他国との間の同盟、その他の関係の密接性により、後天的に発生し付与される内容をもつものでございます。

このように、集団的自衛権の行使につきましては、それが密接な関係にある当該他国の要請を受けて行われることが示すとおり、直接的には当該他国を防衛することを目的とするものであり、 『他国防衛権』、あるいは『他衛権』という用語を使った方が、その本質を端的に表すと考えるわけでございますが、 この『他国防衛権』の行使が、間接的には自国の平和と安全の確保に寄与することがありうるとしても、自国に対する武力攻撃を排除することを直接の目的とする個別的自衛権の行使とは本質的に異なるものでございます。

このように両者は別次元の事象である。本件閣議決定にいうような基本的論理の枠内における合理的な当てはめの結果として、単に同次元における必要性の程度に応じて、拒否の区分の線引きを移動させることはでき、 また移動させようとしたに留まるものでございません。

したがって、我が国を取り巻く国際環境、国際安全保障環境の変化を考慮しましても、憲法9条の下で、いずれの場合も我が国による武力の行使を許容できると判断することは、 これは内閣の『独断』でございまして、肯定できるものではございません

以上のとおり、集団的自衛権の行使は、今後とも憲法9条の下で許容できる余地はないのに、本件閣議決定において、憲法解釈の変更と称して、これを憲法9条の下で許容できるとして、 それを前提として各種の施策を講じようとすることは閣議が、内閣が閣議決定で成し得る範疇を超えた措置であると

したがって、その権能を超えたものとして無効と解すべきだと思います

したがって、これを前提として、自衛隊法の改正、その他、所要の措置を講ずることは到底、認められないと考える次第でございます。

そのほか、今回の、先般の閣議決定の内容には、多々、問題点がございますが、時間の関係もありますので、そのうちの数点を申し上げたいと思います。

まず、集団的自衛権行使限定要件の不明確性と言うものがあるわけですが、これは話せば長い話になりますので、また別の機会にいたしまして、 この〔新3要件〕の第一条件の後段、「明白な危険」という用語を使われております。
これについて、若干、わたくしの意見を申し上げたいですが、自公間の与党協議において、「根底から覆されるおそれ」という用語を入れようとしたことが新聞報道では言われております。
しかし、「根底から覆されるおそれ」では判断の客観性を確保できないとして、「明白な危険」とすることによって、与党協議が落着したようでございます。
しかしながら、単なる「危険」に「明白」という用語を付加しても、本来、危険の概念には、国語辞典等を紐解きますと「危害、又は損失の生じるおそれがあること」と。
「おそれがあること」という意味であるというふうに書かれております。この「おそれ」という不確定概念が本質的に含まれていると。
したがって、「明白」なる用語を被せましても、発生の不確実性を除去することは、用語の本質的意義から不可能であり、規定の運用者如何によっては、 その主観的判断の結果が、大きな差が生ずるということを否定できないんではなかろうかと、一言、申し上げたいと思います。

次に、集団的自衛権の行使と、その先制攻撃性という問題が、次に存在するわけですが、これはまた別の機会に申し上げることにいたしまして、

次に、先般、わたしなどはマスコミを通じてでございますが、法的安定性という問題について、その議論が戦わされたことがございます。
これもぜひ、申し上げたいんですが、これものちほどにいたしまして、
その次が最高裁、〔砂川判決〕と集団的自衛権行使の関係でございます。
これはぜひ、わたくしは申し上げたい。そして理解をいただきたいと思う次第でございます。
すなわち、最高裁は〔砂川判決〕中で、集団的自衛権行使を合憲と認めているかという問題でございます。
この裁判の実務に関係する法曹、放送局の放送じゃなくて専門家という意味でございますが、法曹の間では、最高裁〔砂川判決〕が集団的自衛権の合憲性の有無まで射程範囲にしてるものではないということにつきましては、 何ら異議はございません。
砂川事件で問題となりましたのは、旧日米安保条約に基づく米軍駐留の合憲性、これが問題になりまして、同条約は、日本の個別的自衛権と、アメリカの集団的自衛権との組み合わせで日本を防衛しようとするもので、 同判決において、我が国が集団的自衛権を行使できるか否かという点はまったく争点となっていないのでございます
ところが、この判決理由中の数行から、数行を引き出しまして、それに独自の考え方を入れて、「最高裁も集団的自衛権の行使を認めてる」という説がかなり広まり、 それがかなりの力をもって、当面の論争を左右しようとしていると、この点は非常に問題でございます。

この最高裁判決の先例としての価値、つまり当該先例から引き出される一般法理が何かというのは、あくまで、いかなる具体的争点に対してなされた判決かということに即して決まるものでございます。
〔砂川判決〕から集団的自衛権の行使は合憲であるとの結論が導かれるとの主張は、こうした法律学の基本の理解に関係するものでございまして、到底、そういうことができるものではございません。
この判決に集団的自衛権の行使を許容する最高裁の意図を読み込むことは、まったくの暴論でございます。
この暴論というのは、この傍らの論じゃございませんで、バイオレンスの「暴」でございます。なぜ、このようにわたしが、足りない、少ない時間を費やしたかと申しますと、 この最高裁は集団的自衛権行使を合憲と判断してるんだという事実じゃないことを、言葉を信じて、本件閣議決定を支持している者が相当数に上ると推測されます。
しかし、このように国民を誤って導くに至ったことは非常に遺憾でございまして、本来は、内閣法制局はそれを是正しなかったというところに発端があるわけでございまして、 わたしは内閣法制局にずいぶん長い間いたわけでございますけども、これは内閣法制局も任務の懈怠であると言わなければなりません。

ぜひ後輩、現役の人たちは、これを耳に入れ、頭に叩き込んで、もう一度、考えてもらいたいものであると思います。

次に、この閣議決定と、閣議決定をめぐる議論を聞いておりますと、文言の、文言、すなわち表示と、表示者の意思というものが齟齬してると言わざるを得ないと。
これも、そういうことで…。

最後に、ここだけはぜひ、お願いしたいと思いますが、国際紛争への積極的関与の端緒になるおそれがあるんだということでございます。
また、我が国が集団的自衛権の行使として、武力行使をしている第三国に武力攻撃の矛先を向けますと、その第三国は反撃の正当な理由の有無にかかわらず、 事実上、我が国に対し、攻撃の矛先を向けてくることは必需でございまして、集団的自衛権の抑止力以上に紛争に巻き込まれる危険を覚悟しなければならず、 バラ色の局面到来は到底、期待できないことを自覚しなければならないのではなかろうかと。

したがいまして、集団的自衛権の行使は、このような事態の発生可能性を伴うものでございますから、それを国策として採用することが、我が国の平和と安定のため、 確保のために必要であるとすれば、憲法上、明文をもって用意されている憲法改正手続きにのせ、全国民的検討をうることが求められると言わざるを得ません。

本来はもう少し申し上げたい点があるんですが、最後にひと言、申し上げたいと思います。
それは冒頭に申し上げました他国の武力の行使との一体化の問題でございます。
この問題、これは、大体どういう考え方であるかというのはすでに、この当委員会で充分に議論されたと思いますが、今回の閣議決定、この一体化に関する閣議決定の問題点は二点ございます。

その一点は、この戦闘現場と非戦闘現場を一線で画することの非現実性という問題と、それから支援活動内容の拡大が、武力の行使との一体化の縮小をきたす見解になっているという点でございます。
それぞれの、ぜひ申し上げたいことが二点あるわけでございますが、また、ご関心のある方が質問をしていただきますれば、その際に充分の考えるところを申し述べたいと思います。
ずいぶん時間が超過いたしまして、どうも失礼しました。

2015年9月11日 あやめ池学園南九条の会


憲法の大原則変更は 国民の支持なく不可能


那須弘平さん(元最高裁判事) 安保法案を批判



参議院で審議中の安保関連法案(戦争法案)について、広範な法 曹界の人々から反対の声が上がっています。
元最高裁判所判事の那須弘平弁護士に見解を聞きました。 (聞き手・山沢猛)
−安保法案のうち、集団的自衛権を認める部分については「法律的にも政治的にも認められない」と、日 本弁護士連合会の集会で発言されています。

 言うべき責任

 那須 私は中立公正を本質とする最高裁の判事の職にあ ったことを考慮し、単なる政策の当否に関する政治問題については、発言を控えてきま した。しかし、国を運営する元となる憲法の大原則に深刻な変更が加えられるとすれば、全く別の問題になりま す。法律家として、いうべきことをきちんという社会的責任がある、と考えます。
 今回、安倍内閣によって憲法解釈の変更がおこなわれ、これを踏まえて安保法案が提 出されたわけですが、一内閣が閣議決定でこれまでの憲法解釈を変更することには限界 があるはずです。
まず、その解釈変更について、これを必要とする緊急、重大かつ明白な事態が現に起きているの か、あるいは起きようとしているのかが問題になりますが、そうした事実の指摘もなされていません。

 また、1972年の政府見解では、9条で自国の平和と安全を維持するための自衛の措置が禁じられていないとす る一方で、「集団的自衛権の行使は憲法上許されない」といっているわけですから、これまでの政府見解とも整合し ません。憲法解釈の変更は一般の法律と同様、あるいはそれ以上に論理的にすじみちが立っていなければいけないの に、あいまいなままです。
これでは、集団的自衛権の行使は違憲といわざるを得ません。

現状をみると

 さらに、論理的に説明がつけばそれでいいというものではありません。今回の憲法解 釈の変更は、実質的に憲法の基本原則に重要な変更を加えるものですから、国会で論議 をつくしたというだけでは足りない。
憲法改正には国民投票をやってその過半数の賛成が必要であるのと同じく、この種の解釈の変更も国民の多 数からの支持なしには不可能だというべきでしょう。
それには時間もかかるし、議論の深まりも必要です。現状をみると、今回の法案は国民の多数に支持されているとは言い 難く、今後ともほとんど不可能であると私は見ています。

−憲法解釈を変更する条件が備わっていない ということですね。

 那須 そのとおりです。尖閣列島、北朝鮮、あるいはホルムズ海峡等多 くの問題があり、これからも生じることでしょうが、これらは、軍事で解決しようとすればかえって マイナスになり日本の安全を脅かします。
外交で解決すべき問題です。憲法もそういうことを想定したうえで「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ること のないやうにすること」を決意し、これを憲法前文に明記しています。
 「国民を守るため」というのが政府の大義名分ですが、現実に個々の紛争で武力の行使をしたら 国民の一部である自衛隊員が命を失うことになります。その背後にいる国民を深刻な危険にさらす ことにもなります。

憲法前文の誓い

 −那須さんは憲法前文について、日本が「不戦を約束した誓いの言葉」であると理解し、 アメリカ独立宣言、フランス人権宣言に匹敵するといっていますが。

 那須 そうです。第2次世界大戦の悲惨な体験 の上に立ってできたのが日本国憲法であり、その魂ともいうべきものが憲法前文だと理解していま す。大戦で200万人をこえる兵士たちが異国に倒れて還(かえ)らなかった。一般国民も、原 爆、空襲などで命を落とし、財産を失った。周辺諸国の人々にも筆舌に尽くせぬ犠牲と被害を与え た。その日本が、滅亡の淵(ふち)まで追い詰められた後に、きわどいところで踏みとどまって反 省し、謝罪し、不戦を約束することで生き残ることを許された。その誓いの言葉が前文です。

 アメリカ独立宣言、フランス人権宣言はそれぞれが国民の尊い血と汗と涙と引き換えに築き上げ た新国の指導原理、ともいうべきものです。日本の憲法前文も新しい国づくりの原理をうたいあ げ、その後の国家経営の基本となり、そのように運営されてきました。憲法前文の理念なくして、 現在の日本はあり得なかった、という意味で共通するものがあると考えています。


 前文は法的拘束力を持たないというのが通説ですが、それとは別に制定当時の国民、あるいは将 来の国民に向けられた政治的文書としての意味があったことを無視してはならない。この前文がま ったく似ても似つかぬものに変えられてならないことは当然ですが、閣議決定という非正規の方法 で行われる場合であっても、前文の示す大原則に反したり、改変するようなことには賛成できませ ん。

良心に問うこと

 −憲法は国民の歴史的経験に根ざしているということですね。

 那須 前文の締めくくりには「日本国民は、 国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」とありま す。
 憲法の理念が破棄されようとしているいま、異国の戦場に散っていった兵士たち、戦火の中で非 業の死を遂げた国内外の人々にたいして、私たちはこの前文の誓いを十分に果たしたと胸を張っ て報告できる状況にあるのか。このことを政治家、法律家はもちろんのこと、国民一人ひとり が自身の良心に問うてみる必要があると思います。

那須弘平さん  なす・こうへい 1942年長野県伊那市生まれ。東大法学部卒業後、69年弁護士登録。88年日弁連常務理 事。2006年5月最高裁判事(12年2月定年退官)。現在、法律事務所顧問。

赤旗 2015.9.8より

2015年9月8日 あやめ池学園南九条の会


学園前あやめ池疋田西大寺・地区共同センター主催で 9月12日 市民宣伝


◇◇◇あやめ池学園南九条の会も積極的に参加します。◇◇◇

憲法違反の安全保障関連法案の廃案を求める行動


8月30日 JR奈良駅に集まった人人人

 

 

と き:2015年9月12日(土)午後4時から

 

ところ:あやめ池駅北口広場

 主催 学園前あやめ池疋田西大寺・地区共同センター

 
 

2015年9月5日 あやめ池学園南九条の会


奈良弁護士会主催で 市民集会・パレード


◇◇◇あやめ池学園南九条の会も積極的に参加します。◇◇◇

憲法違反の安全保障関連法案の廃案を求める行動


 

 と き:2015年8月22日(土)午後3時から午後5時
 

 ところ:奈良公園
 

 主催 奈良弁護士会
 共催 日本弁護士連合会(予定)
 
 

2015年8月18日 あやめ池学園南九条の会


学園前・あやめ池・伏見地区・西大寺地域 戦争法案反対共同センター


大宣伝・署名行動しました


 

 と き:2015年8月18日(火)午後2時から午後3時
 

 ところ:あやめ池南口周辺
 

 弁 士:吉川 好胤(あやめ池学園南九条の会)
 

2015年8月18日 あやめ池学園南九条の会


証言:戦後70年 抑留、仲間の死つらく /奈良


毎日新聞で報道!!!


 ◇藤堂勇さん(90)=奈良市  1945年3月に旧陸軍に召集され、旧満州(現中国東北部)に送られた。
 8月15日の玉音放送は兵舎の前に立っていたので聞こえなかったが、上官が泣いているのを見て終戦を知った。
 部隊では「皆殺しにされる」「捕虜として死ぬほどこき使われる」とうわさが飛び交い、かなりの脱走者も出た。

 私たちはソ連軍に武装解除され、シベリアに抑留された。冬の収容所はマイナス45度までになる。
 雪が積もる中、切った木材を運ぶ作業は本当につらかった。
 食事は具のないスープにパン1つ。あまりの空腹に野草を食べ嘔吐(おうと)し、ホースを口に突っ込まれて無理やり吐かせられたこともあった。
 想像を絶する重労働で、仲間が何人も衰弱死するのを見るのは本当にきつかった。
 

 私も靴下もはかずに作業をさせられ、右親指の先が凍傷になった。
 赤く腫れた患部を軍医にナイフで削り取られ、今でも親指の先は少し欠けている。

 2年11カ月の抑留を生き抜き、48年11月、復員した。
 引き揚げ船から神社などの風景が見えた時「日本に間違いない」と引き揚げ者同士で、抱き合って喜んだ。
 母らが待つ自宅にたどり着き「今帰って来たよ」と言った後は涙で言葉にならなかった。
 戦争はもう絶対にやりたくないし、このような悲しい歴史は二度と繰り返してはいけない。
 【聞き手・毎日新聞 芝村侑美】
 

毎日新聞は、継続的に奈良の戦争体験・記憶を報道されています。

2015年8月11日 あやめ池学園南九条の会


二度と再び戦争を起こさないために


「戦争法案」と「戦争体験」の学習会

37名の参加で成功


熱弁される宮尾弁護士
壮絶体験語る市民
閉会あいさつ(浜野滋代表世話人)

 

 と き:2015年7月11日(土)9時30分より
 

 ところ:なら西部公民館 5F 第2講座室
 

 講 師:宮尾耕二 弁護士(奈良弁護士会)
 
 

   お 話:シベリア抑留体験をされた市民の方  

 内 容:悲惨な戦争体験を知り、解釈改憲を許さない立場から、「戦争法案」の内容を学ぶ
 

  1 「戦争法案」について

   
    プレゼンレジュメ

    資料


  2 シベリア抑留体験を聞く

 入 場:無料  

 問合せ先:代表世話人 吉川 好胤 まで FAX 0742-44-0416  

 主 催:あやめ池学園南九条の会
 

2015年7月11日 あやめ池学園南九条の会


地域アピール



あやめ池 学園南 の地域から 世界に九条を輝かせましょう


「九条の会」アピール への 賛同の呼びかけ

・ 2004年6月10日井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、 澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子さんら九人のかたがたによる「九条の会」のアピールが 発表されました。私たちは、「平和を求める世界の市民と手をつなぐために、あらためて 憲法九条を激動する世界に輝かせたい」というこのアピールに心から賛同します。

・ 古都奈良は、世界遺産に登録された数々の文化遺産をはじめ、豊かな自然と歴史的遺産 をもっています。その遺産を守り、子子孫孫に伝えるためにも、この奈良から「戦争を しない」ことをうたった日本国憲法九条を守り世界に輝かせるために、ご一緒に声をあ げようではありませんか。

・ 武力による紛争の解決が、いかに非現実的であるかは昨今ますます明らかになっています。 私たちは、あやめ池 学園南 の地域にお住まいのみなさん、お勤めのみなさんが「九条の会」 のアピールに賛同していただけるよう呼びかけるとともに、ふたたび日本を戦争をする国に変 える「改憲」のくわだてを阻むために、一人ひとりができる、あらゆる努力を、 いますぐ始められるよう心から訴えます.

私たちは知っています。 先の大戦で、幾千万の人々が生きたくても死んでいった無念さを。 戦争では勝者も敗者もありません。

私たちは知っています。 今、「平和を守るために」憲法九条の改悪を許さない闘いが大切なことを。

私たちは、あやめ池 学園南の地域から、「九条の会」アピールへの賛同を呼びかけます。

日本国憲法前文と九条を現状のまま堅持することの賛同を広げます。

そのために、あらゆる立場の違いを超えて多くの人々と手をつなぎます。

私たちは、平和な未来を創るための事業に取り組むことを決意しました。

2006.6.25



日本国憲法は、いま、大きな試練にさらされています。

ヒロシマ・ナガサキの原爆にいたる残虐な兵器によって、五千万を越える人命を奪った第二次世界大戦。
この戦争から、世界の市民は、国際紛争の解決のためであっても、武力を使うことを選択肢にすべきではないという教訓を導きだしました。
侵略戦争をしつづけることで、この戦争に多大な責任を負った日本は、 戦争放棄と戦力を持たないことを規定した九条を含む憲法を制定し、こうした世界の市民の意思を実現しようと決心しました。

しかるに憲法制定から半世紀以上を経たいま、九条を中心に日本国憲法を「改正」しようとする動きが、かつてない規模と強さで台頭しています。
その意図は、日本を、アメリカに従って「戦争をする国」に変えるところにあります。
そのために、集団的自衛権の容認、自衛隊の海外派兵と武力の行使など、憲法上の拘束を実際上破ってきています。
また、非核三原則や武器輸出の禁止などの重要施策を無きものにしようとしています。
そして、子どもたちを「戦争をする国」を担う者にするために、教育基本法をも変えようとしています。

これは、日本国憲法が実現しようとしてきた、武力によらない紛争解決をめざす国の在り方を根本的に転換し、軍事優先の国家へ向かう道を歩むものです。
私たちは、この転換を許すことはできません。

アメリカのイラク攻撃と占領の泥沼状態は、紛争の武力による解決が、いかに非現実的であるかを、日々明らかにしています。
なにより武力の行使は、その国と地域の民衆の生活と幸福を奪うことでしかありません。
一九九〇年代以降の地域紛争への大国による軍事介入も、紛争の有効な解決にはつながりませんでした。
だからこそ、東南アジアやヨーロッパ等では、紛争を、外交と話し合いによって解決するための、地域的枠組みを作る努力が強められています。

二〇世紀の教訓をふまえ、二一世紀の進路が問われているいま、 あらためて憲法九条を外交の基本にすえることの大切さがはっきりしてきています。

相手国が歓迎しない自衛隊の派兵を「国際貢献」などと言うのは、思い上がりでしかありません。
憲法九条に基づき、アジアをはじめとする諸国民との友好と協力関係を発展させ、 アメリカとの軍事同盟だけを優先する外交を転換し、世界の歴史の流れに、自主性を発揮して 現実的にかかわっていくことが求められています。

憲法九条をもつこの国だからこそ、相手国の立場を尊重した、平和的外交と、経済、文化、科学技術などの面からの協力ができるのです。

私たちは、平和を求める世界の市民と手をつなぐために、あらためて憲法九条を激動する世界に輝かせたいと考えます。
そのためには、この国の主権者である国民一人ひとりが、九条を持つ日 本国憲法を、自分のものとして選び直し、日々行使していくことが必要です。
それは、国の未来の在り方に対する、主権者の責任です。

日本と世界の平和な未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、 「改憲」のくわだてを阻むため、一人ひとりができる、あらゆる努力を、いますぐ始めることを訴えます。

2004年6月10日
井上 ひさし(作家)   梅原 猛(哲学者)   大江 健三郎(作家)
奥平 康弘(憲法研究者) 小田 実(作家)    加藤 周一(評論家)
  澤地 久枝(作家)    鶴見 俊輔(哲学者)  三木 睦子(国連婦人会)

  subhome   大切な資料   会の取り組み   ギターと歌声と
お話しと
  myblog   全国交流集会
てのひらブック


愛国カルタ

結成のつどい

ざっくばらん
車座トーク

開会のあいさつ
増井一友氏 演奏
中橋怜子氏 歌声
木津川 計氏 講演
講演の映像
 普通の回線こちら
 速い回線こちら
講演の記録
 全戸チラシこちら
 プログラムこちら
閉会のあいさつ
  album   お知らせ  地域の情報   clipping   憲法を取り巻く情勢   ニュース
あやめ池の歩み

奈良戦争遺跡


奈良県下の取組み
時事ニュース

国民投票法
(改憲手続法)案


更新履歴(home)


10.10.17 あやめ池駅バリアフリー化へ設置
10.5.16 奈良の戦跡を訪ねる〜第2回〜天理の町を予科練の跡を探る設置
09.11.22 「佐伯快勝師講演会」設置
09.5.9 奈良の戦跡を訪ねる〜第1回〜柳本飛行場跡地を歩く設置
09.1.4 蛙股池にカッター(橈艇)出現設置
08.9.9 奈良の空襲と国宝疎開に関わるコーナー設置
08.8.9 地域ビラNO.9発行!
08.7.13 ニュースNO.13発行!
08.4.9 ニュースNO.12発行!
08.3.19 地域ビラNO.8発行!
08.2.9 あやめ池・学園南地域に みんなが遊び憩える公園を
08.1.9 地域ビラNO.7発行!
07.9.9 地域ビラNO.6発行!
07.2.18 改憲手続き法案の動き更新!
07.2.17 Google検索窓 設置
07.2.17 愛国コドモカルタ 追加
07.2.14 チャールズ・オーバビー氏(A9S)
07.2.13 日本は憲法九条があるから美しい国
07.2.13 国民投票法案コーナー設置
07.2.12 渡辺 治氏 講演掲載
07.2.11 愛国コドモカルタ
07.2.10 あやめ池って こんなところ
07.2.9 千の風になって 『美しい国』などと言って

更新履歴(blog)


08.4.5 9条ピースウォークを掲載
07.3.1 福井弁護士九条の会へのリンクを張りました
07.2.12 安倍内閣不支持56%(TBS系のJNN世論調査11日)
07.2.12 安倍政権は日本をどこへ導くか
07.2.10 安倍内閣の不支持率が支持率を上回った

検索の窓(home)


戦争放棄ポスター  約148,000 件
国民投票法 奈良  約187,000件
千の風になって 憲法  約 42,800 件
池田香代子 奈良  約 16600 件

検索の窓(blog)


blog 九条の会  約137,000 件


おしらせ

あやめ池駅を
バリアフリー化しよう
こちらです


平城遷都1300年祭にちなみ
奈良RRセンターを歩く
こちらです


天理の町に
予科練の跡を探るは
こちらです
Google

WWW を検索
9jo.e-nara検索

Direct search

国民投票法 九条の会
奈良 憲法
奈良 九条の会
9jo 奈良


yahoo

憲法九条を守るgoogle
憲法9条を守るgoogle
憲法九条を守る
yahoo

改憲問題 > 九条の会


ブログ
こちらからごらんいただけます。



海外に向けて、英語でのブログを開設しました。
こちらです



おしらせ

大和海軍航空隊大和基地
柳本飛行場跡は
こちらです

オバマ大統領プラハ演説 こちらです

ノーベル賞益川教授語る こちらです

代表世話人会議の討議内容(要旨)公表! こちらです

奈良の空襲と国宝疎開に関わるニュースコーナー作りました

こちらです

地域の取り組みのコーナーつくりました。 みんなが遊び憩える公園を !! こちらです

千の風になって コーナーを開設しました。
こちらです
オリコン1位(丸谷才一氏のシリアス評論から引用)
メアリー・エリザベス・フライ,
Mary Elizabeth Frye
マーガレット・シュワルツコフ
Margaret Schwarzkopf
新井 満


あやめ池の歩み 紹介コーナーを開設しました。
こちらです


Copyright © 2006-2010 あやめ池学園南 九条の会. All rights reserved.

あやめ池 275,000件 中橋怜子 117件 中祖 寅一 459 件 成嶋隆 10,600件 今正秀 406 件 憲法改正による日本の未来 1,480,000件 あやめ池温泉 7,460 件 憲法九条 1,210,000件 被爆 プロ野球選手 19,100 件 九条世界会議 大阪舞洲アリーナ 39,600件 大日本帝国 ポスター 286,000 件 本多勝一 講演 2008年 34,100件 名古屋高裁 違憲判決 114,000件 憲法9条 イラク 航空自衛隊 72,600件 イラク特措法 憲法 名古屋 166,000件 奈良市あやめ池遊園地跡の開発 2,210件 航空幕僚長 そんなの関係ねえ 37,500件 奈良 防空壕 18,500 件 9条世界会議 名古屋 55,500件 憲法九条 1,180,000件 日本経済の国民生活の歩み 748,000件 イラク空自違憲 感想 35,700 件 戦争遺跡 奈良 131,000 件 内橋克人 講演 記録 24,800件 あやめ池 77,600 件 憲法九条 イラスト28,700 件 奈良市 あやめ池 105,000件 あやめ池遊園地跡地開発計画 919件 西水美恵子 17,500件 憲法九条を守る会 955件 九条世界会議 975,000件 憲法9条 5月6日 421,000件 全労連 歌声 1,060 件 九条世界会議 大阪 舞洲 40,400件 太田あやめ 280,000件 あやめ池婦人会 727件 西水美恵子 17,400件 張本勲 被爆 2,410件 憲法9条 感想 910,000件 日本は美しい国か 梅原猛 94,600件 アメリカと日本国の憲法の違い 1,020,000件 世界の憲法と日本国憲法の違い 1,230,000件 憲法9条改正反対 477,000 件 池のイラスト 2,230,000件